【御神木はまた廻り】
よく晴れた日の午後。
二階の窓から見下ろす景色はいつものように穏やかで、それでいて騒がしかった。
丁度自宅の二階の窓と同じ高さにあるように見える、街の向こうの丘の上の木の下に誰かいるような気がした。
なぜか気になった僕は、天気もよかったので、丘まで散歩でもしようと思い急いで支度をした。
「バウワウ!」
「おう!お前も連れていくから心配すんな♪」
愛犬のセントバーナード、ヨハンと一緒に家をでた。
途中、活気づいてきた街の惣菜やさんで、丘の上で食べるものを調達してくてくてくてく軽快に丘を目指す。
以前じいちゃんに聞いたんだが、丘の上の木は、この街を何百年も見守ってきた御神木らしく、その佇まいは凛々しく、優しく、寛大であった。
陽が傾き、街がオレンジに染まる頃、丘の御神木の下に到着した。
オレンジに染まる街を一望しつつ、惣菜屋で買ったコロッケをほうばる。
「やっぱ、揚げたてのがうまいよな〜…ほれ、ヨハン。」
と、夕陽と同じように半分になったコロッケをヨハンに上げようと思い、放った。
『おじさん、これ僕にちょうだい?』
「わー!?びっくりしたー…坊主、コロッケあげるからもう帰りな?陽が沈んじまったら、道わからなくなるぞ?」
突然現れた、小学生くらいの少年がコロッケをキャッチしたのだ。
コロッケを食いっぱぐれたヨハンはしぶしぶと歩きだし、少し離れた場所でふて寝した。
「ヨハン、まだあるよ。しかし、坊主はいつからいたんだい?」
『僕はずっとここにいるよ。』
「そっか、気が付かなかったなぁ〜…しかしここからの景色は綺麗だな。」
「くぅーん」
『うん、ここからの景色好き。』
「街が発展して、景色も変わってきてるけどね。おじさんもここからの景色が好きなんだ。」
「バウワウ!」
「くぅーん」
「おや?坊主も犬飼ってるのかい?名前はなんて言うんだ?」
『おいで!ヨハン!』
「!?」
「バウワウ!」
「キャンキャン!」
「なんだ?珍しいなー!同じ名前か?」
『みたいだね!』
少年が飼っている子犬ヨハンと、自分のヨハンも何故か驚いているかのように見えた。
「あ、そうだ!昼頃にもこの丘にいたかい?丁度あっちに見える僕の家から、この丘に人影が見えた気がしたんだ。」
『そうだね。僕は今も昔も未来も変わらずここにいたよ。』
「ん?」
「こんばんは…、先客さん。」
少年と話をしていると、白髪混じりのおじいさんが話し掛けてきた。
「こんばんは、今日はいい天気ですね?」
「そうですねー、年はとっても通いたい場所なのでね、天気のいい日はこうして、丘に登るようにしているんです。おや?、ヨハンおいで!」
「へ!?」
「バウワウ!」
「キャンキャン!」
「わっはっは!このこ達ヨハンって言うのかい?昔飼ってた犬がヨハンって言ってね、似てる気がして呼んでみたんじゃ。」
「はー………今日はなんだか不思議な日だな…」
『おじいさん、今日は何の日か知ってる?』
「ん?今日は…んー…何の日だろう?おじいさん知ってますか?」
「うむ、知っておるよ。」
「あら?僕だけか…なんだろう?教えて?」
『その前に…』
「ん?…うっ…痛い!…イタタ…」
ヒューン…ブツ…
ザー…
少年の目を見た瞬間激しい頭痛にみまわれ、頭が真っ白になった。
「あなたー!目を覚まして!」
「お父さん!お父さん!」
「ご家族の方はこちらでお待ち下さい。手は尽くします!」
(あれ?ここ病院?あなた…お父さんって…僕のことか?)
「聞こえますか?聞こえたら軽く頷いてください!」
辛うじて動かせる範囲で、僕は頷いた。
「今は、混乱してるでしょうけど、あなたは倒れて救急車で運ばれて来たんです!今から緊急手術をします!いいですか、絶対生きる意志をもってください!」
(生きる意志っつっても……うー…意識が…)
医者様の言葉ひとつひとつに、軽く頷いて僕は意識が遠くなり寝てしまった。
ヒューン…ブツ…
ザーザー…
目が覚めると、さっきの少年とおじいさんが僕の顔を見て泣いていた。
『おじさん。今日はね、おじさんの命日なんだ。』
「へ?」
『僕たちは、幾年月をこの御神木に重ねて生きてきたんだ。それももうおしまい。』
「ちょっとまて!俺はまだ結婚もしてないし……まだ……」
『…結婚もしてるし、おじさんは幸せな晩年を過ごしているよ。』
「いい、人生じゃった。」
「まて!まて!…僕は…」
『また、会おうね。』
ヒューン………ブツ
ザー…
ガバッ!
「うわー!!…はぁはぁはぁ…ここは…」
「あなたー!目が覚めたのね!早くお医者様よばなきゃ!」
「…僕は……誰だ…」
「…あ…なた…」
「教えてくれ!僕は何歳で誰なんだ!…そして君は…」
病室の窓からは、丘の上の御神木が見えていた。
街の中心にある御神木を僕は見ていた。
丘の上には人影があって僕は無性に気になった……
おしまい