☆銀しゃ~りんです。☆

果てしないたわごとをつらつらと

【その先に】

空を眺めて見た。
雲ひとつない晴天だと思ったんだ。
ビルの谷間を抜けて辺りが見回せる橋の上に辿り着いた。
川の向こう、ビルの隙間の向こう、晴天の向こうにはどす黒い雲が広がっていた。
どす黒い雲の塊は僕が住む町へと向かって来てるようだった。

僕「ひと雨くるかな…」

ぽつりとこぼした一言が連れて来たかのように、晴天だと思っていた空が急に薄暗く感じた。
そしてまた一言またこぼす。

僕「きやがった…」

それを合図にしたかのように、目の前でバケツをひっくり返したような雨が降り出した。

僕はその雨に舌打ちをしながら、見知らぬ喫茶店へと入る。

店主「いらっしゃい、降り始めましたね」

僕「急に来ましたね、まいったなー」

店主「雨はお嫌いですか?」

僕「へ?いやー、やはりスカッと晴れてる方が気持ちがいいでしょう?」

店主「それもそうですね」

微笑みながら店主は頼んでもいないのにホットコーヒーを差し出した。
雨はお嫌いですか?なんて質問をなんでしたんだろう?と思いながら、僕は出されたコーヒーを飲んだ。


僕「マスターは雨好きですか?」

店主「そうですねー…雨は月では降らないですよね」

僕「…は、はぁ」

店主「いやね、月で将来人類が住むようになったとして、やはり水は必要ですよね?」

僕「そう?ですね…」

店主「仮に月に人工的に地球のような建物をつくるとして、海まではいかなくても水辺というものはつくると思うんです」

僕「海水浴のような雰囲気のプールですかね?」

店主「えー、そうですね。日本人なら庭作りに池をつくったりすると思うんですよ。そこでね、まぁ大量の地下水脈のようなものをつくって、地中と地表の人工的な川や海のようなものをつくり、浄化するシステムで水を循環させれば、水の問題は解消出来るのかもしれません」

僕「はい」

店主「そこでです、雨は必要ありますか?」

僕「浄化するシステムで全て補えるのであれば、必要ないですね?面倒だし」

店主「それが、問題です!」

僕「ん?浄化システムがですか?」

店主「いや、違います。それは優秀な人がなんとかしてくれるでしょう」

僕「はぁ…はて…」

店主「情緒ですよ。どしゃ降り、霧雨、みぞれ雨…」

僕「人工的に作ればいいじゃないですか?」

店主「雨は必要でしょう」

僕「皆が皆情緒を好む訳じゃないですからね。やっぱ面倒だし」

店主「…恵みの雨、涙雨、雪もそうです!ホワイトクリスマス…」

僕「マスター…雨好きなんですね」

店主「雨は面倒です」

僕「え」

店主「情緒ですよ。情緒」
僕「矛盾…」

店主「承知の上です。それでもやはり、情緒ある風景に雨や雪はつきものです」

僕「…雨や雪ねぇ〜」

店主「何事もホドホドが一番ですけどね」

僕「月に住むようになったら、雨、雪降らしまーす!って商売が成り立つかもしれませんね」

店主「…味気ない」

僕「人工的に作れるんであれば好きなタイミングで雨や雪が降らせる商売が成り立つでしょう?」

店主「情緒ですよ」

僕「…人工的では?」

店主「ツクリだせない情緒です」

僕「…」

店主「要は、ランダム性ですね」

僕「面倒…ですよね?」

店主「なんだ、今日雨か面倒だなぁー!なんて喜びもまた情緒です」

僕「…面倒だなぁー」

店主「ランダム性が出る事により生まれる情緒もあります」

僕「当り外れがあるんですね」

店主「外れがあるからこその当りです」

僕「僕はずっと当たっててほしいけどね」

店主「何が当りかわからなくなりますよ」

僕「そんなもんですかね?」

店主「ええ、いい事ばかりだといい事の中の悪い部分ってのは知らず知らずに見つけてしまうものです」

僕「だったら初めから悪い部分を作ってしまおうと?」

店主「情緒ですよ」

僕「情緒ねえー」

店主「雨が上がったようですよ?」

そう言ってマスターは窓の外に目をやった。

僕「本当だ、あ」

店主「あ」

僕、店主「……」

窓から見える街並み、ビルの隙間から虹が見えた。

コーヒーを飲み干して僕は店を出た。
帰路につく前に店名を見た。

“Singin' In The Rain”
僕「情緒ねー」